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権力は腐敗する


「組織は合理的に失敗する」とも言います。私たちはこれまで数多くの失敗事例、腐敗事件が、企業や行政組織において起こることを目の当たりにしてきました。
対策として、原因究明だけではなく、初期のサインを見逃さないことが大切です。

私は [1]日常の雑事を面倒に感じ始めていないか [2]喜怒哀楽をコントロールできているか [3]欲をセーブできているか [4]信念とモラルに頑固であり続けているか、の4項目を常々セルフチェックしています。

要約すると「調子に乗らず、地に足がついているか」。私が座るこの椅子は、座り様によっては腐敗の温床にもなり得ることを強く自覚しています。



私は正確に間違うよりも、むしろ漠然と正しくありたい


私は正確に間違うよりも、むしろ漠然と正しくありたい

ジョン・メイナード・ケインズ

木を見て森を見ず、いや、森を見る際は木の細部にこだわり過ぎないように、ということでしょう。数字に対する人の認知能力は上2ケタ程度だと言われます。例えば、今年度の吹田市一般会計の当初予算は、124,314,756,000円ですが、いかがでしょう?12個も数字を並べられたって、全体のおよその額が頭に入ってきません。

そうして考えると、社会の問題も同じです。それぞれに複雑な背景や個別の事情があり、その一つ一つを掘り下げる事はもちろん大切です。ただ、そもそもその問題の出口をどこに設定すべきなのかを考える際には、どこかで広い視点から勇気を持って決断をしなければなりません。

よく言う「部分最適を集めても全体最適とはならない」ということです。「漠然と正しく」判断できる能力こそ管理職には必要なのです。



国民の本当の敵は、無知であり、権力の乱用であり、腐敗とウソである


国民の本当の敵は、無知であり、権力の乱用であり、腐敗とウソである

そのことを我々は歴史から学んできました。教育の重要性、権力をコントロールする社会、法の整備とモラル、ということの大切さを社会全体で共有してきました。いや、してきたはずです。一方で、人は強い欲望を持ち、時にはそれを十分にコントロールできなくなる場合や、それを苦手とする人たちが存在します。どうも教訓というものは、社会であまり長持ちしないようです。

同じ過ちを繰り返さないために、知性と理性、抑制的な権力体制、清潔、誠意を大切にする市政により吹田市民を守らなければならないのです。



若気の過ちを通過していない人間を信用しない


若気の過ちを通過していない人間を信用しない

山田 詠美

人生にムダはない、と言われます。それは人生を振り返って、しみじみと反芻する真実の言葉であっても、出口が見えずもがいている当人にとって、これほど響かない言葉はありません。

「効率の良い生き方」を重ねることが「正しい生き方」だとは限りません。効率性という物差しが「ムダ」という評価を生み、時には人そのものに生産性がない、とまで言わしめます。その物差しは、戦後の高度経済成長期の後遺症として、残念ながら私たち一人ひとりの心に存在していることは否めません。

誰しも生きている限り大なり小なり過ちは犯します。特に、エネルギーが溢れ、その正しい使い方がまだ分からない若い頃には、恥ずかしいことをしてきたはずです。特にそれが無かった、という人に他人の痛みや悔やみを思いに寄り添うことは難しいでしょう。ムダやリスクを背負って育ってこそ人としての土台ができる、という言葉ですね。



「自信」ほど怖いものはない。突然足元をすくわれる


「自信」ほど怖いものはない。突然足元をすくわれる

―白井 健三

体操界のエース白井選手こそ絶対的な自信を胸に活躍していると思っていました。改めて自信というものを考えさせられます。
自信満々に見える姿の奥に、真の自信の無さ、弱さが垣間見える人がいます。本当に自信があるなら虚勢を張る必要はなく、うぬぼれることもないでしょう。真の自信は脳や意識ではなく、丹田に宿る、そう感じます。
スポーツは私に多くのことを教えてくれました。本当に強い選手からにじみ出る、独特の雰囲気。また、威勢よく振る舞う選手が、些細なことでいともたやすく崩れる姿。
根拠の乏しい自信にすがるくらいなら、弱さを認めた上で自らできることに集中する方が、勝機をつかめるということを学びました。
「おごらず、恐れず、呼吸を止めずに下腹に力を込めて」というスポーツから教わった基本姿勢は、「自然体」という座右の銘として、今日も執務室の壁に掛かっています。



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