20年後の社会を見据えて


弘本 そうですね、「足りている」という感覚はあると思います。でも、ヨーロッパなんかの先進国はもっと足りているわけですよね。

後藤 日本では、若年層が必ずしも物質的豊かさに執着しなくなってきました。免許を取って車を買う、という大人のロールモデルが通用しません。
若者の職業選択や人生選択の尺度、価値観に明らかな変化が起こっていると感じます。ただ、心の豊かさにシフトしつつ、経済的なリスクにおびえている、という過渡期的な状況があるように感じますね。
その若者が今後、10年、20年経って働き盛りになると、間違いなく社会は変わっていると思います、期待も込めて。

知のクオリティを高める

後藤 先日、養老孟司先生のお話を聞きました。「世の中に、価値のあるものないものというくくりはない。価値がない、と言うことは、自分に価値を判断する能力が無いと言うに等しい」という言葉が腹に落ちました。
学問では経済価値が見込まれる分野に研究費が集まり、基礎研究が弱くなったと言われています。
私は学生時代に小さなサンゴ礁魚類の繁殖行動を追いかけていました。それは「なぜ?」という好奇心、探究心が動機で何かの役に立つ、という発想は全くありませんでした。

弘本 その方が研究としてはおもしろいと思いますね(笑)。
脳のメカニズムの解明が進み、創造的にアイデアが出てくる人は、確実に多様な体験をしている、ということが分かってきました。経験が記憶にインプットされ、それらが無意識のうちに交わり新しいアイデアが出てくる、というメカニズムです。いろんな体験をして引出しをいっぱい持っておくことが、ひらめきの基盤になっているんです。

後藤 だからムダな経験というものはない、と。
吹田市役所の採用試験の倍率はとても高く、いわゆる優秀な新人が入ってきます。彼らには「勉強ができるということは、むしろあなたの弱点かも知れない。社会や人と関わる時間を削り、机に向かってきた証であり、その能力は公務員としての強みの一部でしかないのだ」と伝えています。
実務でいろんな経験を積んで人間力を高め、誠意を持って市民と向き合える職員になって欲しいと願っています。

弘本 そうですね、やはり相手の心を想像する力は勉強では得られません。勉強ばかりしてきた人にとって、それは簡単ではないだろうな、というのは感じますね。

後藤 今、職員のオフサイトでの能力を認めようと仕掛けています。ともすれば仕事以外の能力が高いことが、仕事に忠実ではない、とネガティブに捉えられがちでした。オフでの頑張りをオンに注げ、みたいな。
40歳の私に上司は「そろそろテニスやめたらどうや」と。テニスで頑張ってるようだけど、それはかえって職場ではマイナス評価になりかねないよ、という忠告です。
スポーツや文化、芸術、そして子育てなど仕事以外の場で、私は多くのことを学んできました。その価値を知っているからこそ、職員にはそれを内で生かして欲しい、と思うのです。
実際、表だって言わないだけで、職員は実にバラエティに富んでいます。オンとオフの切り替えは大事ですが、発想は区切らなくていいと思います。「おもしろい」「なんとかしたい」という原動力は最強だと思います。

弘本 民間企業はもちろん、国家公務員も副業を認めつつありますね。持っている能力を社会でも活かす、という視点はこれからますます必要になって来ることでしょう。

後藤 その副業は仕事で得たものを例えば地域に還元するため。ただし、その動きを後押しする一定の対価はあってもいいと思いますね。自らの時間と労力を使うわけですから。

弘本 その方がこれからの長寿社会の中でステージの移行、人生の使い方が軟着陸できるでしょうし、リッチな社会になっていくでしょうね。

後藤 これまでやりがいを持って仕事をしてきた人が、定年を境に組織人から個人となる。ただ、その後が長いですよね。

弘本 定年後、大学院に行かれる方は多いですね。図書館で勉強される方も増えています。

後藤 ヨーロッパ事情はいかがですか?

弘本 向こうは、そもそも日本より労働時間が長くない、オンオフがはっきりしているから休みも充実しているし、平日も早くに帰って家事をされますよね。
それから、現役時代から地域社会での居場所を持っています。自治会はないですがスポーツクラブがすごく発達しています。ドイツの人口10万人程度の街ですが700ものNPOがあり多くがスポーツクラブです。競技スポーツだけではなく、むしろ人との交わりや自己表現の場になっています。それがウェルビーイングの基盤となり、人生を充実させている感じです。

後藤 日本のスポーツクラブとはずいぶん違いますね。


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