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チューニング


高校生の時、AMラジオの深夜放送を聴いていました。東京の放送局の番組を聴くために、周波数を合わせ、さらに電波が入りやすい方角を探して、ラジオのアンテナの向きをミリ単位で調整したものです。

FMもそうですが、このような作業を「チューニング」と言います。微調整が自動化された今、耳にすることが少なくなりましたが、私は市政を行う上で二つのチューニングを意識しています。

一つは満足度のチューニングです。どんなことでもそれぞれ事情と言い分があり、どちらも立てるのは難しいときがあります。そこで、皆さんの満足度の合計を最大にするために、行政と議会が精一杯知恵を出し合っています。必要なのは傾聴と対話による、地道で繊細な調整作業です。

もう一つは、平時と有事における対応のチューニング。普段はじっくり聴く。しかし大災害などいざと言うときは、たとえ情報が不十分であっても市民の命を最優先に判断し、速やかに行動する。丁寧な対話と大胆な決断、目盛り合わせを間違うと、取り返しのつかないことになります。

どちらも一朝一夕ではできません。日々、アンテナを張り巡らせて、自分の感度を高めなければならないと感じています。

(2017.7)



ロスと幸せ


近頃「〇〇ロス」という言葉をよく耳にしますが、大切な何かを無くした後の喪失感は誰もが味わうものです。長く人生を歩んで来られた人は、それこそさまざまなロスを経験されてきたことでしょう。

齢を重ねると涙腺が緩くなりますが、それは人の悲しさや苦しさをわが身のことと感じられる「いい人生」を送ってこられた証ですね。

私事ですが、30年以上前に始めた妻と2人のくらしは、3人の子どもに恵まれ5人の家庭に。そこに猫が3匹加わり、わが家は最大8つの命がにぎやかに同居する生活が続きました。しかし、成人した2人の息子が独立し、最後の猫が天国へ行き、とどめは昨年末の娘の結婚。かくしてわが家は、さながら祭りのあと、再び元の2人に。

愛する者や大切にしてきた存在がいなくなると、残された者の心にはぽっかりと穴があきます。私自身、何度かそのロスを味わって気付いたことがあります。大きく深いロスに涙がこぼれるのは、それだけの喜びや幸せを日々味わって来たからだということを。

過去に涙しながらも今日という日に感謝する、そうして人は前を向いて進むことができるのでしょう。

(2017.6)



小さな勇気


「金を失うことは小さな損失。名誉を失うことは大きな損失。しかし、勇気を失うことは全てを失うことだ。」いや、お金も名誉も大切でしょ。市長選挙に手を挙げることに迷う私の背中を、ゲーテの言葉にドンッと押されたことを思い出します。誰しも人生のさまざまなシーンで迷いますが、この「利己を超えた勇気で決断を」というメッセージは私の心に深く刻まれています。日常ではどうでしょう。ダイエット、筋トレ、休肝日、日記、そして整理整頓…。必要ですよねぇ、小さな勇気。日常の面倒くささと戦う心を育む大切さが、教育やスポーツ指導においても認識されつつあります。

先日、優勝報告に来てくれた少年野球の強豪チーム「山田西リトルウルフ」の選手たちから、ユニフォームの洗濯は自分でする、とお聞きしました。「自ら洗濯するのも練習の一環です」と言い切る監督のお言葉に、チームの強さと成長の秘訣を見た気がしました。

振り返ってこの冬の私、毎夜ノルディックウォーキングをするぞと決めていましたが、心地よいホットカーペットは私の小さな勇気を簡単に溶かしてしまいました。さて、季節も最高。改めて、ゴールデンウィークから歩くことを誓います(ほんまに?)

(2017.5)



おもてなし


果たして市役所にはどの程度の「おもてなし」が求められるのでしょうか?ただただ忠実に機能を果たしてくれれば良い、という考えもあるでしょう。

「センスが良い市だと聞いて来たのに、この市役所は意外でした」市役所を初めて訪れた転入者の声は私の心に刺さりました。中身が見た目に現れ、見た目が中身に影響を与える、という点で、建物の内装と服装は似ています。機能、TPOに合った選択、そして清潔さなど、上を目指すときりがありませんが、少なくとも「こざっぱり」していたいものです。

そこで、昨年末からデザインアップに取り組んできました。カラーリングや表示を統一するとともに、お座りいただける場所を増やし、テーブルのあるくつろぎスペースも設けました。そしてもうひと工夫、ご来庁いただいた皆様を、ゴールドのネクタイやリボンを着用したコンシェルジュ職員が笑顔でご案内します。お困りの際にはお気軽にお声かけください。

市役所は市民の空間です。そこを日々快適に保つことはおもてなしの基本です。ただ、最も大切なおもてなしは職員の丁寧な対応、笑顔であることは言うまでもありません。

(2017.4)



自分の言葉


思いを伝えようと自ら紡いだ言葉は、たとえ上手ではなくとも聴く者の心に届きます。市長の職に就き、マイクを持って挨拶をする機会がとても多くなりました。私はこれを「小さなプレゼンテーション」の場と捉え、せっかくお時間を頂けるなら「何か」をお届けしたいと思い、毎回壇上に上がっています。通常、挨拶では最初と最後にお祝いやお礼の言葉があり、それらの間に伝えたい事や思いを話します。私の場合、その「あんこ」の部分はできるだけ「自分の言葉」で表現しようと心がけています。ただ、頭の中に描いた大ざっぱな原稿を頼りにマイクに向かうためでしょう、往々にして話が長くなってしまいます。まだまだ修行が必要です。

「こもれび通り」はもちろん全て自作です。限られた紙面ではありますが、市報の片隅で、強い日差しでも月明かりでもなく「木洩れ日」のような柔らかいイメージをお届けできていますでしょうか?

春3月、もう少しで街角が桜色に染まります。そして、多くの人が新しい人生をスタートさせます。人生の岐路に立つみなさんに、決まり文句ではありますが「幸多かれ」とエールを送ります。心を込めて。

(2017.3)



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